「秋」 特別企画

*


ガコ坊 : おやっさん,いてはりまっか。

ゴロ爺 : なんや,ガコやないか。久しぶりやなあ。長いこと,顔見せへんかったけど,大事なかったんかいな。

ガコ坊 : へぇ,おおきに。なんやこう,忙しゅうて,貧乏暇なしというやつですわ。

ゴロ爺 : 忙しいのは,ええこっちゃ。若いうちは,せえぜえ働かなあかんな。
      ほんで,今日は,なんやいな。

ガコ坊 : そうそう,それでんねん。ひとつ,ここは,ウン,ちゅうてぇ。

ゴロ爺 : まだ,なんのとこか,わからんのに,安請け合いはでけへんな。
      ははあ,わかった。こりゃまた,酒でも飲ませ,ちゅうのんとちゃうか。

ガコ坊 : 人の顔見たら,酒やと思うてはんなぁ。

ゴロ爺 : ほんだら,なんやねん。

ガコ坊 : さ,それでんがな。ゆんべ (昨夜) 長屋の連中と,さけ飲みながら・・・

ゴロ爺 : ほう珍しいなぁ。おまはんらが,酒飲んでた・・・そんな金あったんかいな。

ガコ坊 : 誰が,酒,言いました?

ゴロ爺 : おまはん,今,言うたがな。

ガコ坊 : あほらし,酒買う金持ってるような,洒落たヤツが長屋におりますかいな。
      酒やない,ちゃけ・・・

ゴロ爺 : ちゃけ,て,なんや。

ガコ坊 : お茶の出がらしも出がらし・・・ようやく色がついてるような代物でんな。
      おやっさん,知りはらへんの。なんやったら,一回,ご馳走しまひょか。

ゴロ爺 : そんな,気ぃ使わんといて。
      ほんで,どうしたんや。

ガコ坊 : それそれ。松ちゃんが,急に,運動会しょうやないか,なんて言い出しましてな。

ゴロ爺 : ほう,汗流すのはええこっちゃ。気晴らしにもなるさかいな。ええがな,やりなはらんかいな。

ガコ坊 : そうでんねん。みな,なんやこう,盛り上がりましてな。

ゴロ爺 : ちゃけでかいな。安上がりやなぁ。

ガコ坊 : ただ,ほれ,長屋の連中がするんやさかい,フツーの運動会では,おもろない。
      ちょっと変わったんにしょうや,言うてね,いろいろ思案したんですわ。

ゴロ爺 : そうは言うても,運動会てなもん,やることだいたい決まってるがな。

ガコ坊 : ははあ,おやっさんもそろそろ歳でんな,頭,固なってまっせ。
      たとえばでんな,ひゃくめんそう競争。

ゴロ爺 : なんや,百メートル走ちゃうんかいな。

ガコ坊 : 百メートルも走るやなんて,そんな,乱暴な。

ゴロ爺 : 乱暴な,言うて,運動会てなもん,走ったりするのが基本やないかいな。

ガコ坊 : そりゃ,普段から運動してるもんのすることでっせ。わてらみたいなもんが百メートルも走ったら,即死しまっせ。

ゴロ爺 : ほたら,なんやねん,その・・・

ガコ坊 : せやから,ひゃくめんそう競争,こう二人向かい合いましてな,声出さんと,こう顔をおもろぅに変えて,相手を笑わした方が勝ち。

ゴロ爺 : そりゃ,「にらめっこ」 とちゃうか。

ガコ坊 : はあ,そうとも言いまんな。

ゴロ爺 : ほかは,どんなんや。

ガコ坊 : 男女混合早慶戦・・・

ゴロ爺 : 野球でもしなはるんか。

ガコ坊 : やっぱり,男ばっかりでは,おもろないんで,嬶らも一緒に参加しまんねん。
      ほんで,男女にこう分かれましてな,向き合って歌いながらジャンケンして,負けたら着てるもんを脱いでいく・・・

ゴロ爺 : そりゃ,「野球拳」 やないか。

ガコ坊 : はあ,そうとも言いまんな。

ゴロ爺 : そうとも言う,て,だんだん聞かんでもわかってきたわ。

ガコ坊 : これからでっせ,おもろいのは。
      組み立てたいそう,なんちゅうのも考えました。
      あれは,3日ほど前やったかいなぁ,ヨシ公とこ,えらい夫婦喧嘩しよりましてな。
      いえ,原因なんて,いつもんこと,ささいなことでんがな。
      晩御飯の漬けもんの量が,ちょっとわしの方がすけない (少ない) とか,
      なに言うてんの,そのかわりあんたの方に,よけい醤油かけたあるやろ・・・とか,
      まあ,他愛もないこって。

ゴロ爺 : ヨシ公のとこの夫婦喧嘩が,運動会とどう関係すんねん。

ガコ坊 : まあ,そうあせらんと・・・
      最初のうちは,そんでも飯食いながら,口で言い合いしてただけでしたんやけどな,
      食べ終わったとたん,ヨシ公のやつ,ごろんと横になりよったんだ。そしたら,お崎さん,
      食べてすぐに寝たら牛になるで・・・

         ヨシ公 : 誰が牛やねん。
         お 崎 : ほんま,牛やったら,文句言わんと,もっと働きますわな・・・
         ヨシ公 : なに言いさらしたんじゃ・・・

      それがきっかけで,皿は投げるは,茶碗は投げるは・・・

ゴロ爺 : なんや,まだ,ようわからんが・・・

ガコ坊 : まぁ,もうちょっと,黙って聞いとくなはれ。
      ふだん,そんな皿やなんぞを投げたりせぇへんのに,その日に限って,皿や茶碗を投げよりまして,あっちで割れる,こっちで割れる・・・
      えらい騒ぎになったもんで,長屋のもんが止めに入って,やっとふたり分けましてな。
      その晩は,ヨシ公をうちに泊め,うちの嬶がお崎さんとこで泊まったんだすわ。

ゴロ爺 : それでどうした。

ガコ坊 : ここに,ほれ,割れた皿や茶碗がありますやろ。それを組み立てる競争をしようやないかと・・・

ゴロ爺 : なんやそれ,皿や茶碗を組み立てるんかいな。せやけど,体操にならんがな。

ガコ坊 : いえ,話がたいそう・・・

ゴロ爺 : アホらしなってきたわ。もうちょっと運動会らしいのん,あらへんのかいな。

ガコ坊 : 「シバセン」 なんて,あきまへんか。

ゴロ爺 : 「騎馬戦」 ならわかるが・・・そりゃ,なんや。

ガコ坊 : お茶碗に冷や飯,よそうてね,そこへアツアツの煎茶をぶっかける。
      そいつを,シバ漬けで戴く・・・誰が一番早ぅ食べ終わるか・・・猫舌のわてなんかには,ツライ競技でっせ。
      せやけど,シバ漬けにセン茶で,シバセン,とよう考えたぁる。

ゴロ爺 : どこがじゃ。もうええ。聞けば聞くほどアホらしいやないか。

ガコ坊 : そうアホらしい,アホらしい,言わんでも,よろしぃがな。
      どうせ長屋のアホ寄って考えたこと。かしこいことなんか考えられまへんわ。
      それも酒でも飲んでりゃ,もちっとマシかもしれまへんけど,おちゃけでは,こんなもんでんがな。
      悪おしたな。(涙)

ゴロ爺 : 泣かんでもええがな・・・気に障ったのなら,謝ります。すまなんだ。わしが言い過ぎた。
      せやけど,おまはん,なんぞ,わしに頼み事がある言うてたな。
      しょうもないけど,そんだけ考えたぁるんやったら,他に,どんな頼みがあるちゅうねん。

ガコ坊 : そうそう,よう言うててや。忘れるとこやった。
      そうでんねん,おやっさんに頼みごとがありましてん。

ゴロ爺 : そらわかっとるさかい,はよ言うてみぃ。さあ,さあ・・・

ガコ坊 : そんな 急 (せ) かしなはんな。
      だんだん,言いにくぅなってきまんがな。

ゴロ爺 : ははあ,景品に,酒でも出せ,ちゅうんかいな?

ガコ坊 : えっ,酒を出してくれはりますか・・・そりゃ,ありがとさんです。

ゴロ爺 : なんや,酒の話やないんかいな。こりゃ,気ぃ回し過ぎたな。
      いやいや,出さんことはおまへんで。ご近所,仲ようするんやから,酒の一升くらい出しまひょかいな。

ガコ坊 : ありがとうございます。せっかく出してくれはるんやったら,長屋の連中も大喜びですわ。

ゴロ爺 : まあ,まあ,ほんなら,あとで持って行かせましょ。
      それにしても,酒でないとしたら,おまはんの頼みてなんや。

ガコ坊 : いえ,ホンマのこと言うたら,酒は,なんとか工面しましてん。

ゴロ爺 : ほう,珍しいなぁ。おまはんらが,酒は用意したとな。ま,酒なら,いくらあってもええやろ。

ガコ坊 : おおきに,ありがとさんだす。せやけど,参ったなぁ・・・
      余計に,言いにくぅなってもたわ。

ゴロ爺 : なんや,まあ,言うてみぃ。できることなら,させてもらうさかい。

ガコ坊 : いや,その,なんです,酒の用意はできたんですけんど,肴の用意がでけへん。

ゴロ爺 : 酒の肴て,いつも,おまはんらそこらの残りもんで飲んでるやないか。
      なんぞ,特別なもんが欲しぃんかいな。いったい,そりゃ,なんや。

ガコ坊 : へぇ,フグでおま。

ゴロ爺 : フグ・・・また,贅沢なこと言いよったなぁ。
      まあ,それは,ええとしても,今時分,フグがあるかいな。
      他のもんなら,都合つけたったてもええが,なんで,フグやないとあかんのや。

ガコ坊 : そうかて,運動会には,「鉄砲」 がつきもんですがな。


注 : 大阪では,フグのことを,「鉄砲」 ともいいます。
フグのちり鍋を 「てっちり」,刺身のことを 「てっさ」
というのも,ここから来ていますが,要するに,鉄砲
のように,「たま」に「あたる」ことがあるからです。


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