「お正月」 特別企画

*


ガコ坊 : これはまた,久しぶりやなあ,松ちゃん。

松ちゃん : なんや,ガコやないか。久しぶりやなあ。やっぱり,正月は,初詣。久しい人に会えるてなもんやな。

ガコ坊 : あそこにおるの,竹やんやないか。

竹やん : おやま,珍しい・・・おそろいで・・・

ガコ坊 : 今,初詣すまして,鳥居をくぐった途端に,松ちゃんに会うたとこやがな。おや,あれは・・・

と,初詣をすませた,ガコ坊,昔なじみと多勢出くわします。 こりゃ,一杯飲まなあかんと思いましたが,そこはそれ,みな懐具合がよーない。 どうしたもんかと思案してますと,ひとりが,

梅ちゃん : そや,思い出した。昨日な,ゴロ爺とこへ,ちょっと用事があったんやがな,話してる時に,どっかから,一斗樽が届いてたなあ。

ガコ坊 : ほんまかいな,そりゃ,ええ話や。

松ちゃん : おやっさんとこへ行こ! あのおやっさんや,若いもんが年始の挨拶に行たら,まあ,ちょっと,酒でも飲んで行き・・・言うで。

ヨシ公 : そやそや。早よ,行こ,早よ,飲も!

ガコ坊 : ま,ちょと待ちぃな。それは,ええけど,年始の挨拶に行くんやで。ちょっと,趣向をこらさなあかんで。
      そやかて,あのおやっさん,人はええし,気前もええけど,頑固なとこもあるさかいな。
      わしらが,「明けましておめでとうございます」てなこと言うてやで,
      「ああ,こりゃ,若いもんが,わざわざ年始のご挨拶とは傷みいる,ま,時間があったら,飲んで行きぃ。」
      と,なったらええわいな。
      これだけの人数やで,一つ間違うてみぃ,いくらわしらが雁首そろえて,そう言うたところで,
      「いやあ,明けましておめでとうございます,屠蘇の一杯でも振る舞いたいところじゃが,おまはんら,これから,あちこち世話になった方々へのお年始もあるやろ。
      今日のところは,挨拶だけにしておこうかいな。また日を改めて,いっしょに飲(や)ろか。いや,ホンマに,わざわざ,ありがとう。」
      てなことにならんとも限らん。

ヨシ公 : あかんで,そんなん。酒,飲みに行くのに,追い返されては・・・

ガコ坊 : せやから,ここは,ひとつ思案せな,あかん,言うてんねやがな。

ヨシ公 : ほたら,どうすんねん。

ガコ坊 : まずは,時間。頃合というのがあるな。今何時や。

竹やん : ぼちぼち,3時かな。

ガコ坊 : まだ,早い。

竹やん : なんで?

ガコ坊 : 考えてもみぃ,こんな時間から顔だしてみい,「もっと,お世話になった人がおるやろ,その方への義理を立てなあかん」
      ちゅうて,小言のひとつも言われるで。

ヨシ公 : そうかて,わし,そんな人おらへんがな。

ガコ坊 : アホ。
      そんなこと言うてみぃ,こんこんと説教されるで。
      「おまえ,仕事はなんやったかいな」

ヨシ公 : そんなワシが大工やてなこと,おやっさん知ってるで。

ガコ坊 : そら知ってるわいな。
      そこを突いてくるんやがな。
      「棟梁さんには,挨拶に行きなはったかえ?」
      ま,仮に,棟梁には,朝から行きました・・・て,おまえ,行ってきたか?

ヨシ公 : 棟梁? あんなシブチン,行ても酒飲まさへんがな。

ガコ坊 : アホやなあ。酒飲むことしか考えてへんのかいな。棟梁の家ぐらい,行っときや。
      ま,ええわ。行ってきました,と言うてみぃ。
      「おまはんを,一番,目にかけてくれてはる先輩は,どなたじゃな」

ヨシ公 : そうやなあ,カズ兄ぃかいな。いっつも,ただ酒飲ましてもろうたり,借金したりしてるもんなあ。

ガコ坊 : 借金といや,去年の暮れに,金貸したなあ。あれ,どうなってる。

ヨシ公 : まあ,あんな端た金,いつでもエエがな。

ガコ坊 : そりゃ,こっちの言うセリフやがな。ま,いつでもエエけど,返してや。

ヨシ公 : 覚えてたら返すわ。それより,さっきの話の続きはどうなってんねん。

ガコ坊 : それそれ。
      「そのカズ兄さんの所には,お年始に行きなはったか」
      とこうや。
      「いつも世話してもろうてるお人に,礼儀を欠かすようでは,人間大きなられへんな。今からでも遅ぅない。さ,先に行ってきなはれ」
      と,追い返されるな。

竹やん : ほたら,どうすんねん。早,酒飲みたいがな。

ガコ坊 : そこでや,もうちょっと待って,せやなあ,あたりが薄暗くなってから,さも,おやっさんの家の前で,みんな出会うたようにするんやな。
      家の前でな,「おや,松ちゃんに竹やんに梅ちゃんに,ヨシ公やないか。」とオレが大きな声で言うわ。
      ほたら,誰ぞ,そやな,松ちゃん声でかいな,松ちゃん言うてくれるか。

松ちゃん : どない言うねん。

ガコ坊 : 「いやあ奇遇やなあ,ふだんお世話になってる人のとこへお年賀の挨拶回りしてたんや」,と大声で言わんかいな。
      ほんでな,今度は,竹やんの番やな。「わしも,やっとお年始の挨拶回り終わったとこや」と重ねるように言うてんか。

梅ちゃん : わては,黙ってたらええんかいな。

ガコ坊 : ちゃんと,役がついたある。「えらい暗なったなあ,みんな顔を合わせたんや,どこぞへ酒でも飲みに行こうか」,とな。
      ここ,大きい声で頼むで。
      ほんでな,オレが,「そらええこっちゃ,みんなでミナミにでも繰り出そか」と言うわ。

ヨシ公 : わいは,どうすんねん。じっとしてるんかいな。仲間に入れてんかいな。

ガコ坊 : わかってんがな。一番,大事なとこや。しっかり,覚えててくれなあかんで。

ヨシ公 : なんちゅうねん。

ガコ坊 : ここでな,さも初めて気がついたように,
      「おや,ここ,ゴロ爺のおやっさんの家の前やがな。ちょっと,酒飲みに行く前に,挨拶して行こか」,とな大声で言うんやで。
      これだけ,おやっさんの耳に入れといて,「すんません,こんな遅い時間に・・・」と家に入っていたら,面倒見のええあのおやっさんのこっちゃ。
      「みんなで酒飲みにいくような話が聞こえてたが・・・ちょうどな,伏見の親戚から,上酒が一斗,届いたある。
      ちょうど,わしもこれから一杯やろうかと思うてたとこじゃ。みんな,良かったら付き合うてくれへんかいな」
      とこうなるわけやな。

松ちゃん : そんなウマイこといくんかいな。

ガコ坊 : まあ,まかしとき。2時間ほど辛抱しい。

ヨシ公 : せやけどな,今,気ぃついてんけど・・・

ガコ坊 : それは,夕方,おやっさんの家の前まで,とっとかんかい。

ヨシ公 : せやない。歩きながら話してたから気ぃつかんかったけど,ここ,おやっさん家の前ちゃうか。

ゴロ爺 : 表で騒いでるのわ,どこのどいつや。

ガコ坊 : おやま,おやっさん,よいお年を・・・

ゴロ爺 : あほ,もう年明けたがな。なんちゅう挨拶や。

ガコ坊 : いやその,なんでやす。明けましておめでとうございます。

松ちゃん : (棒読みで)いやあ奇遇やなあ,ふだんお世話になってる人のとこへお年賀の挨拶回りしてたんや

竹やん : (棒読みで)わしも,やっとお年始の挨拶回り終わったとこや

梅ちゃん : (棒読みで)えらい暗なったなあ,みんな顔を合わせたんや,どこぞへ酒でも飲みに行こうか

ガコ坊 : アホ,もうそれは,ええねん。

ヨシ公 : (棒読みで)おや,ここゴロ爺のおやっさんの家の前やがな。ちょっと,酒飲みに行く前に,挨拶して行こか

ガコ坊 : もうエエ言うてんのに・・・
      えらいすんません。

ゴロ爺 : まあ,せっかく来たんや,まあ,上がりなはれ。
      それにしても,えらい大きな声で,しょうもない相談してたなあ。

ガコ坊 : いや,もう,言わんといてくださいな。

ゴロ爺 : ああいう相談いうものは,もうちょっと,小さい声でするもんやで。

ガコ坊 : 面目ない・・・
      改めまして,明けまして おめでとう ございます。

松ちゃん : おめでとうございます。本年もよろしゅうお願いいたします。

竹やん : おめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

梅ちゃん : おめでとうございます。本年もよろしゅう。

ヨシ公 : おめでとさんです。よろしゅうに。

ゴロ爺 : ま,明けまして おめでとう ございます。
      せっかく来たんやから,酒でも飲んでいき。
      そのかわりやな,ひとつめでたい話をしたら,一杯飲ませる,という趣向にしょうか。

ガコ坊 : なんでやす。めでたい話をしたら,一杯飲めるんですか。

ゴロ爺 : そうや。正月早々や,めでたい話を肴にしようかというんやな。

ヨシ公 : わて,めでたい話より,鯛の造りがええ・・

ゴロ爺 : それも出すがな。出すけど,先にめでたい話をせなあかんで。

松ちゃん : ほんなら,こういうの,どうです?
      私,去年,結婚しましたんです。

ゴロ爺 : そうやったな。これはめでたいな。

松ちゃん : それだけやおまへんで,カカの名前が,鶴子言いますねん。松に鶴・・・と,こういうのは,どうでっしゃろ。

ゴロ爺 : 松に鶴。ようできたある。まあ,一杯飲み。

梅ちゃん : 私も去年,結婚しました。

ゴロ爺 : ほう,それはめでたいな。

梅ちゃん : 私,野球が好きでっしゃろ。野球場の外で,嫁はんと出会いましてな。
      話,聞いてみると,嫁はんそこの球場で 「ウグイス嬢」 してたんですわ。

ゴロ爺 : なるほど,梅にウグイスちゅうことやな。まあ,一杯やり。
      ふたりとも,おまえ百までわしゃ九十九まで,共白髪になるまで,仲良うしぃや。

竹やん : わたしとこは,子どもが生まれました。

ゴロ爺 : そうかいな,それは知らんかったな。

竹やん : へぇ,ついこの前のことですねん。

ゴロ爺 : まあ,一杯飲みぃな。男の子かえ,女の子かえ?

竹やん : へぇ,頂戴します。美味い酒でんなあ。ええ,男か女かですか,女の子でしてん。

ゴロ爺 : 一姫二太郎と言うて,最初の子は,女の子がええと言うな。

竹やん : ほいでね,名前を付けたんですわ。たか子,言いますねん。わしの仕事が,鳶職でっしゃろ,これで,トンビがタカ産んだ・・・

ゴロ爺 : もう一杯飲み。
      おまえさんらが三人集まっただけで 「松竹梅」。そこへさして,めでたいこと続きやな。ええ,こっちゃ。
      ヨシ公は,なんぞないんかいな。

ヨシ公 : はあ,今朝家を出た途端に,犬の糞を踏んでしもたんです。これで,酒,一杯。

ゴロ爺 : 運がつく,という話やな。まあまあ,おまはんならその程度かいな。ま,飲ましたろ。
      ガコ坊,今日はえらいおとなしいな。どうしたんや?
      なんや目をつぶって。身体が前後に揺れてるがな。
      寝てんのか・・・おや,座布団の下に何か敷いてるんかいな。なんやそれ。これ,起きんかいな。

ガコ坊 : えらいすんまへん。ゆうべ遅かったもんで,つい・・・座布団の下の紙でっか。これでんねん。

ゴロ爺 : どれどれ・・・宝舟に乗った七福神の絵が描いたあるな。
      なかきよのとをのねぶりのみなめざめ なみのりぶねのをとのよきかな
      (長き世のとをの眠りのみな目覚め波乗り船の音のよきかな)
      ほほう,上から読んでも下から読んでも同じ,回文の歌やな。

ガコ坊 : これを敷いて寝たら,縁起のええ初夢を見れるといいますやろ。

ゴロ爺 : 昔から,そう言うな。初夢で,特に縁起のええのは,一富士,二鷹,三茄子やな・・・

ヨシ公 : へぇ,一富士,二太郎,それ見たか・・・

ゴロ爺 : なんちゅう聞きようをすんねん。
      江戸時代の頃かららしいが,一富士,二鷹,三茄子というようやが,なんでも,徳川家康の好きなものやから,それにあやかるためとも言う人もおるな。
      もうひとつ,無事(富士)に,高(鷹)きことを成す(茄子)という洒落やともいいます。

ヨシ公 : それとその紙とどう関係しますねん。

ゴロ爺 : これをな,枕の下にいれて眠ると,そういう縁起のええ初夢を見られるという言い伝えやな。

ヨシ公 : そういう枕絵だっか。

ゴロ爺 : 枕絵というヤツがあるかいな。
      で,ガコや,なんでこんなもん座布団の下に入れて,寝てたんや。

ガコ坊 : それでんがな,最近,あんまりめでたい話がないもんやさかい,一眠りして,見た夢の話でもさしてもらおうかいな,と思いまして。
      せやけど,枕の下にこんなん敷いて寝るなんて,止めといた方がよろしいで。
      酒飲む前に,波に揺られて,酔うてしまいました。


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