「年末」 特別企画

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 早いもので,もう今年も,残り少なくなりました。
 今年の8月から,月一くらいのペースで,しょうもない 「オハナシ」 を作らせてもらってますが,今年最後の 「ハナシ」 をさせていただきます。
 毎回,あんまり長くならないように,話の筋を端折ったりしてましたが,今回だけは,じっくり,やらせていただきましたので,いつもより,長くなっております。
 おまけに,話の中身も,ちょっと暗い部分もありますし,「オチ」 もたいしたことおません。
 話の中で,「おなごし」 という言葉が出てきます。これは,大阪で昔 「女中さん」 のことをこう呼んでいたんでんな。漢字で書くと 「女子衆」 となるんです。お商売をしてはるお店に働く 「女中さん」 で,こういう言葉も,今では,落語の中に残っているだけかと思います。
 それでも,「落語」 に使われたくらいでっさかい,まあ,昔は,誰もがわかる,一般的な言葉やったやろうと思います。
 そんな大阪の言葉が,ひょっとしたら他にも出てくるかもしれまへんが,そこは,テキトーに読みとばしていただいてもけっこうかと。
 ま,読みにくいことと思いますが,お暇な折に,お目に止めていただければ,嬉しゅうございます。


ゴロ爺 : ガコや,居てなさるか。

ガコ坊 : おやま,これはお珍しい。何ぞ用でっか・・・用があるんやったら,誰か使いをよこしてくれはったら,こっちからお伺いしますのに・・・
      まあ,散らかってますけど,どうぞお入り。

ゴロ爺 : いやいや,用ちゅうほどでもないのやが,これから天王寺さんへお参りしょうかいなと思うてな,
      そのあとで,黒門市場へ寄って,ナンキン (カボチャのこと) やら柚子やらを買出しに行こうと思うてんのや。
      おまはん,暇やったら,どうや,いっしょに行けへんか。

ガコ坊 : へぇ,そりゃ,お供させていただきます・・・いただきますけど,ご内儀は,いかがされました。

ゴロ爺 : おまはんが,うちのかみさんつかまえて,ご内儀と言うのは面白いな。

ガコ坊 : ほんだら,おやっさんの嫁はん,どうしはったんです。買い物でけんくらいの,病気だっか?

ゴロ爺 : そうやない。家でピンピンしてます。してますが,そろそろ,大晦日も近い。なんじゃかんじゃと忙しい。
      それを傍で見てるのも気忙しいんでな,ちょうど,今日は,冬至じゃ。わしが,柚子とナンキン,買うてくるわ。と,出て来たわけや。

ガコ坊 : ははあ,掃除してなさるんか。

ゴロ爺 : まあ,そんなもんじゃ。

ガコ坊 : 掃除にナンキンや柚子が要りますか?

ゴロ爺 : なんやこう,話が違うような。掃除に,ナンキンや柚子はいらんがな。
      そうやない,今日は,冬至やがな。

ガコ坊 : そうじやのうて,とうじ・・・あ,なるほどね。だいたい,わかりました。

ゴロ爺 : だいたいわかったって,どうわかったんじゃいな。なんや,おまはんが,わかったちゅうと,心配になるな。

ガコ坊 : せやけど,おやさっん,「そうじ」 に 「とうじ」 ちゅうたら,ありゃ,三月のことやおまへんか。

ゴロ爺 : なんかまた,勘違いしてるな。

ガコ坊 : わての小学校からの友だちで,ほれ,散髪屋の源さん,知ってなはるやろ。あいつ,ああ見えても,昔は,頭,良かったんでっせ。
      そいで,私らが5年生の時やったかなあ,卒業式の時に,在校生代表で 「そうじ」 しましてんで。

ゴロ爺 : だいたい読めたな。そりゃ,「送辞」 のことやろ。

ガコ坊 : そうそう。わしら,源さんにだけそうじさせたら悪いさかい言うて,友だちらみんな寄って,箒もって,6年生を掃き出したった。(笑)

ゴロ爺 : どんな小学生や。えげつないことしててんなあ。

ガコ坊 : ほんで,卒業式の日には,6年生の代表が,「とうじ」 を読んでましたが・・・

ゴロ爺 : ははは,笑うしか,しゃあないな・・・その 「答辞」 やない。
      わしの言うてるのは,「冬至」。1年で,日が一番,短かなる日のことじゃ。それが,今日じゃな。

ガコ坊 : 初めて聞きました。おやっさんのお話,いつも勉強になりますわ。
      へえ,小学校の時に,一日の長さは,24時間やて,教えてもろうたんですけどなあ。
      最近のように,せわしのう,世の中変わってきますと,日が短かなりましたんか。22時間30分とか・・・

ゴロ爺 : おまはん,しょうもないことだけは,細かいな。一日の長さは,今も昔も,24時間で変わらんがな。
      そうやない。ほら,真夏の暑い時期は,朝も4時や5時には明るなろうが。それで,夕方,言うても7時ごろでもまだ,明るいな。

ガコ坊 : そう言えば,そうでんな。今時分は,なんや夕方も5時になったらもう暗い。

ゴロ爺 : そういうこっちゃな。昼の長さが短こうなって,夜が長うなる。今日,冬至の日が,一年で,一番昼が短いんじゃな。

ガコ坊 : やっぱり,なんですか,お日さんも,朝,寒いもんやから布団から出にくいちゅうやつでんな。
      ほんで,夕方,寒なってくると手がかじかんで,早仕舞い。

ゴロ爺 : お日さんが,早仕舞い・・・ちゅうわけやないが,まあまあ,そんなとこかいな。

ガコ坊 : 「冬至」 はわかりました。けど,なんで,ナンキンに柚子でんねん。

ゴロ爺 : なんも知らんヤツやなあ。昔から,冬至の日には,柚子湯に入って,ナンキンを食べると決まってるがな・・・。
      こんな話ばっかりしてたら,日が暮れてしまうがな。さあ,出かけましょ。

ガコ坊 : へえ,お供します・・・

 と,いつもの二人,のんびり出かけます。買い物前に,まずは参詣をすませてから・・・と言いながら出かけたものの,道順が,黒門市場の方が近いもんで,先に買い物をしましょ,とガコ坊がひっぱって行ったもんで,先に買い物をしてしまう。
 大き目のナンキン二つに,なんじゃかんじゃと店の者とやりとりして,大マケに,マケさせた風呂敷いっぱいの柚子を買うたもので。いや,これはわてが背負いますと,ガコ坊,こう肩に背負ったんですが,歩いてるうちに,だんだん重とうなってくる。

ガコ坊 : おやっさん,ちょと,ちょっと一服しまひょ。

ゴロ爺 : 早よおいで。せやから言うたやろ。そんないっぱい柚子いらんがな。
      まあ,もうそこが,四天王寺さんや。もうちょっと頑張り。
      ほら,言うてる間に,四天王寺や。
      ほれ,ここが西門 (さいもん) じゃ。ふつう,お寺ちゅうのは,南に大きな門,南大門というのがあるんやが,
      ここは,この西門が一番大きいな。

ガコ坊 : お寺やのに,大きな石の鳥居がありまんなあ。

ゴロ爺 : そうや。日本でも一番古いと言われてる石の大鳥居やな。
      よう見てみい。鳥居に懸けてある扁額。なんて書いてあるかわかるか。

ガコ坊 : わかりまへん。

ゴロ爺 : 聞いたわしが悪かった。あそこには,「釈迦如来転法所当極楽土東門中心」 と書いたある。
      ここは,お寺の西の門じゃが,この門が,極楽浄土の東の門にあたる・・・ま,そういうような意味やな。

ガコ坊 : へぇ,この門くぐったら,極楽へ行けますんか。えらいもんでんな。

ゴロ爺 : 今は,もう西の方見ても,風情もなんもないけどな,その昔は,この門から西の方,もうすぐ向こうが,海やったんやな。
      ちょうどお日さんが沈むころにこの辺に立って見てたら,海の向こうにゆっくりと夕陽が沈んでいくのが見える。
      それを見てたら,ホンマに極楽に通じてるようやったそうな。
      もうちょっと,向こうへ行ったら,百人一首でも有名な藤原家隆が 「夕陽庵 (せきようあん) 」 という庵を営んだ場所があるな。
      今は 「家隆塚」 ちゅうお墓が建ってる。そんなわけで,この辺を,夕陽ケ丘ともいうのやな。ちょっと寄り道して,いてみるかい?

ガコ坊 : いや,もうここで十分です。こう肩の荷物が重とうては,もう半分,極楽へ行ったような気分でっさかいな。

 と,そんなことを話しておりますと,西門の大鳥居の傍から,なにやら子どもの泣き声が聞こえます。見るとまだ,1歳を過ぎたか,2歳になるかどうかというくらいの男の子が,座り込んで泣いています。

ゴロ爺 : おや,そこで子どもが泣いてるがな。親御さんらしい大人の姿も見当たりませんな。ちょっと,いてやり。

ガコ坊 : へえ。
      ちょっと,そこのボン。どうしたんや。
      おや,おまえ,大工のヨシ公んとこの倅やないか?

ゴロ爺 : なんや,知ってる子どもかい?

ガコ坊 : 知ってるもなにも,うちの三軒先に住んでるヨシ公いう大工の倅で,三太ちゅうんですわ。
      三太,いったいこんなとこで何で泣いてんねん。

三 太 : エーン,エーン・・・エーン,エーン・・・

ガコ坊 : ヨシ公のヤツ,また酒でも飲んでるんやな。お母ちゃんはどうしてん。

三 太 : エーン,エーン・・・オカア・・・

ガコ坊 : ははあん,お母ちゃんとはぐれてしもたんやな。
      せやけど,お母ちゃんの姿が見えんな。

ゴロ爺 : この子の顔,涙のあとを見たら,もうだいぶ経ってるな。母親も探してるやろが,こんなとこで,立っててもしゃあないがな。
      いったん,家へ連れて帰ったげなはれ。ひょっとしたら,母親も家へ戻ってるやもしれん。
      そや,そこの饅頭屋に,風呂敷包みは,預かってもらい。ほんで,この子を負ぶってあげなさい。
      「三太を見つけた,家へ連れて帰る。  ガコ坊」 と,こう張り紙,書いたから,ちょっと,張らしてもらいましょ。
      へぇ,すみませんな。これこれ,こういう事情ですねんけど,もし,この子の母親を見かけたら,声かけてやってもらえますか。
      お忙しいのに,すみませんなあ。
      明日,必ず,改めてお礼に参りますよってに。えらいお世話かけます。

 と饅頭屋の大将に頼んで,子どもに,店で買った饅頭のひとつも食べさせながら,ガコ坊の長屋目指して帰ります。

ゴロ爺 : いろいろこみいった話もありそうやな,道々聞かせてもらおか。

ガコ坊 : そうでんねん。ヨシ公いうヤツ,もともとは,そりゃ,腕の確かな大工やったんです。
      ある大店の普請をした時に,その店のおなごしさんとええ仲になりましてん。
      まあ,最初は,お昼を使う時に,お茶を入れてもらったのが,きっかけやったと言います。
      普請が終わって,そのおなごしさんと会えんようになると,仕事に身が入らん。
      ヨシ公がお世話になっていた 「大賀」 の棟梁というのが,よう出来た人で,ちゃーんと見てたンですなあ。
      身の入らんヨシ公を普請場の隅に呼んで,

棟 梁 : 最近のおまえの仕事振り,ありゃなんじゃ。あんなこっては,仕事しに来てもらわん方がエエな。
      おまえ,おなごに惚れたんと違うか。女に惚れて仕事に身が入らんようでは,おまえが怪我する。
      おまえの怪我だけですんだら,まだええけど,わしらは,お客さんに腕を見込まれて,腕を売ってるんや。
      おかげさんで,おまえをはじめ,ええ腕持ってる大工を何人も使うて,「大賀」 の棟梁のとこに任せたら,大丈夫やと言われるようになってます。
      これは,わしやのうて,おまえらのおかげやと思うてる。
      思うてるさかい,もしも,おまえの失敗で,せっかく棟梁と見込んで頼んだ仕事やのに,こんな仕事されたら,どもならん。
      てな噂が広まってみぃ,わしやおまえだけやない,仲間のみんなが路頭に迷うンやで。
      そこんとこ,もうちょっと考えてくれなアカンがな。おまえも,もう青二才という歳やない。
      おなごに惚れたんやったら,ちょっとわしに相談せんかい。
      相手は,どこのおなごや。俯いたままでは,わからん。はっきり言いなされ。
      この前の,相模屋さんとこのおなごしさんじゃろが,知らんとでも思てるのか。
      はっきり言いなされ。

ガコ坊 : と,棟梁に言われると,ヨシ公,ポッと顔を赤らめて,ひとつうなずいたそうな。
      それやったら,わしに任せとけ,話がつくまで,おまえは,家で待っとれ・・・と棟梁が言いましてな,それから先は,話がとんとん拍子。
      棟梁が相模屋さんに話を持って行くと,相模屋さんもビックリしたらしいですけど,そういえば,最近,「おまり」 の様子がおかしい。
      そういえば,普請が終わってからやなあ,そういうこっちゃやったんか,と,相模屋さんの方でも合点がいった。
      向こうは向こうで,御寮はんが,じきじきにその 「おまり」 さんちゅうおなごしさんに話を聞くと,あの大工さんが・・・というわけで,あとの話はとんとん拍子ですわ。
      なんちゅうても,二人とも,両親を早うに亡くして,親戚の家で育てられ,小さいうちから,奉公に出てたんで,誰に気兼ねもいらん。
      それなら,早い方がええ,ちゅうんで,棟梁が暦めくって,祝言を挙げたんですわ。
      そりゃ,はじめの内は,惚れたもん同士。長屋でも,呆れるくらいに,いちゃいちゃしてましたんやで。
      朝,ヨシ公が仕事に出かける時なんか,そりゃ,たいへんでしたわ。

ヨシ公 : ほな,行ってくるで。

おまり : 旦那様,お気をつけて。

ヨシ公 : こんな長屋で,旦那様があるかいな。おまはんは,大店で長い間勤めてたさかい,そのクセが抜けへんねんなあ。

おまり : そうかて,旦那様に違いおへんよって。

ヨシ公 : せやけど,くすぐったいがな。おまえさん,行ってらっしゃい,とかなんとか・・・

おまり : そうかて・・・練習せな言われへんわ。

ヨシ公 : そうか・・・ほな,一回,練習や。行ってくるで。

おまり : おまえさん・・・

ヨシ公 : そや,それでええんやがな。もう一回,ほな,行ってくるで。

おまり : おまえさん。

ヨシ公 : それやそれや。ほな,行ってくるで。

おまり : おまえさん,行ってらっしゃい。早ぅに帰って来てくれな,いややし。(ギュッとつねる)

ヨシ公 : 痛いがな,そんなとこつねったら・・・可愛いおまえが待ってるんや。仕事終わったら,真っ直ぐ飛んで帰ってくるやないか。

おまり : ほんまやで。嘘ついたら,あかんし。

ヨシ公 : 嘘なんかつくかい。こんな可愛い女房が待ってるんや。

おまり : わ,初めて,女房,言うてくれたんと違う? 嬉しいわ。ホンマに,真っ直ぐ飛んで帰って来てや。

ヨシ公 : 帰ってくるがな。

おまり : ほんだら,指きり。

ヨシ公 : 朝っぱらから,指きりやなんて。

おまり : ずっと,家でさみしい思いして待ってるんやもの,指きりくらいしてくれなはらんと・・・

ヨシ公 : ほな,指きりしょうか。こう,小指出すんかいな・・・指きりげんまん〜♪

ゴロ爺 : ガコや,道の真ん中で,なんちゅう声だしてんねん。

ガコ坊 : あら,おやっさん,いてましたか。
      こりゃ,すんまへん。せやけど,毎朝,こんな調子で,やられてみなはれ,いやになりまっせ。

ゴロ爺 : それを道の真ん中でおまはんにやられたら,こっちがいやになるわ。
      けど,仲のええのは結構なことやがな。

ガコ坊 : さあ,そこです。二人とも子ども欲しい,子ども欲しい,言うてたんですけど,1年経っても,2年経っても,子どもを授からんかったんです。
      仲が良すぎて子どもが授からん。
      3年経って,そろそろ二人も諦めかけたんですなあ。
      そんな時に,ヨシ公,堺の方へ三か月ほど仕事に行くことになりましてん。
      そら,その出かける前の晩なんて,長屋中,寝られしまへん。

ゴロ爺 : そこんとこは,だいたいわかった,それでどうないなった。

ガコ坊 : だいたいわかったて・・・そりゃ殺生な。ここが,またオモロイ。

ゴロ爺 : もうええ。子どもがおるがな。

ガコ坊 : そうでした。
      三ヶ月の仕事でやしたんやが,ヨシ公,高いところから足を滑らしたとかで,怪我して帰ってきましてん。
      幸い,右腕の骨を折ったくらいで,他は,たいした怪我やおまへん。せやけど,肝心の右腕を怪我したんでは,仕事になりまへんやろ。
      それで,半月ほど早くに帰ってきたんです。
      おまりさんは,喜びました。
      なんでって,ちょうど,おめでたや,ちゅうのがわかったとこでしたさかいなあ。
      ただ,問題は,ここでんねん。
      ヨシ公,せっかくの大仕事を途中で帰ってきたもんで,機嫌が悪い。
      なんで3年もできんかった子どもが,わしの留守中にできたんや,どこぞの男のガキやろ,と言いがかりをつけ始めたんですわ。
      おまけに,ヨシ公のヤツ,それからというもの,酒に溺れて,ケガが治ってからも,手に震えがきてしもうて,もう仕事もできん。
      棟梁が,諌めに来てくれたりしましたが,大恩のあるその棟梁に向かって怒鳴るは,果ては,道具箱まで投げつける。
      さすがの棟梁も,腹に据えかねて,以後一切,出入り禁止じゃ,と怒って帰ってしまう。
      そんな棟梁に,「私が至りませぬこと,どうぞ勘弁してやってください」 と亭主をかばうおまりさん。
      なにを偉そうに,おまえが間男なんぞするからこんなことになるんじゃ,と怒鳴り散らす亭主には,何一つ口ごたえもせんと,棟梁に頭を下げる・・・
      そりゃ,おまりさんが可哀想で,見てられへんかったでっせ。
      そんな亭主やのに,おまりさん,それからも何一つ文句も言わんと,近所の仕立てや繕いものやらの内職しながら,細々と稼いでたんでっせ。
      そうして,おまりさんが大きいお腹で夜なべしながら,稼いだわずかな金を,ヨシ公,酒に使うわ,博打にまで手ぇ出すわ,誰がなにいうても聞くもんやない。
      そのうち,おまりさんも臨月になる・・・
      相模屋さんや,やっぱり気にしてくれていた棟梁が,こんな家では,子どもを産まされん,と,いやここで産みます,というおまりさんを無理やり,連れて行って,相模屋さんの離れで,身二つにしてくれはったんです。
      わしのドンカカ,どこへ連れて行きやがった,とかなんとか,はじめの内は,棟梁の家や相模屋さんに怒鳴り込んで行ってましたが,両方とも,相手にせん。
      ま,もともとは,好きおうて添うた仲です。なんやかんや,言うても,だんだんヨシ公おとなしなって,しまいには,一人寝の長屋で泣き始める始末でしたわ。
      金もない,仕事も無い,怒鳴り散らしても,口ごたえ一つせんとヨシ公の世話してた嫁はんもおらん・・・
      ついに,「わしが悪かった,おまりを返してください」 と,あのヨシ公が大賀の棟梁に頭を下げましたわ。

棟 梁 : まずは,酒を止めて,仕事に戻れ。前のおまえに戻るまでは,わしが許さん。
      わかってるか,おまりさんが,間男するようなおなごかどうか,おまえ自身,ようわかっとるやろ。
      そんなことが,これっぽっちもないことは,長屋のご近所の人が,みんな証人じゃ。
      それを,おのれは,ちょっと仕事に失敗して,怪我したぐらいで,あんなええ嫁さんに当たりくさって,その曲がった性根を,もう一回,一から叩き直してやる。
      明日の朝,とにもかくにも,道具箱持って,わしんとこへ来い。どうせ,大事な道具,錆びつかせてしもうとるやろ。
      一日,わしの目の前で,使えるようになるまで,研ぎさらせ。
      わかってるか,七日ほど前に,ある所で,おまりさん,元気な男の子を産んだんやで。おまえに,目元なんかそっくりの子やで。
      おまりさん,やっと3年目に授かった子どもやからと,「三太」 という名前を付けた。
      おまえとおまりさんの,やっと授かった一粒種の 「三太」 が,おとうちゃんに迎えに来てもらうのを待ってんねやで。
      それを忘れたら,今度こそ,わしが許さん。

ガコ坊 : と,大賀の棟梁,叱りながらも,もう一回,やり直せと言うてくれはったんですわ。
      まあ,さすがのヨシ公も,次の日から,真面目に棟梁の所へ通うようになりましたんです。
      はじめの十日ほどは,自分のカンナやノミを研いでは,棟梁に見てもらう。こんなもんでは,仕事はできん,もう一回・・・と,研ぎばかり。
      その後は,普請場へは,連れて行ってもらうが,カンナ屑やなんかを掃除するばっかり。
      前までは,ヨシの兄ぃなんて言われていた若いもんが仕事したあとの片付けやなんかするんでっせ。
      それでも,グチ一つ言わんと,頑張ったそうな。
      三月(みつき)ほど経った頃に,棟梁と棟梁の奥さんが,赤ちゃんを連れてきたんです。

棟 梁 : 見てみい,この子がおまえの倅や。
      あかん,まだ,抱いたらあかん。いや,鬼やと思うかもしれんが,今回ばかりは,鬼になるで,わしも。
      それでも,よう,三月(みつき)も頑張った。明日からは,前のように仕事してもらうさかいにな。
      これまでは,おまえの身体の中に残ってた,アルコールの毒を抜いてたんや。
      そうかて,覚えてるか。久しぶりにカンナの刃を研ぐおまえの手,こうブルブル震えてたがな。
      それに,おとなしゅうはしとったが,わしを見る目に,まだまだ,剣があったな。
      大声は出さなんだが,わしを恨みに思うとったやろ。
      いや,それはええんじゃ。そんなんわかった上で,やってたことや。
      この頃,ようやくに,そんな目の光が消えたな。
      消えただけやない,若いもんの仕事を見ながら,わしには,普請場で口聞いたらあかん,と言われてからやろが,小さい声で,若いもんに,いろいろ教えたるようになってきたな。
      おまえの目の中に,昔のような,職人の目の光が出てきた証拠じゃ。
      わしかて,棟梁と言われる男じゃ。見るところは見てるんじゃで。
      ええか,おまりさんと三太は,わしの家の離れに住まわせる。
      毎日,仕事の帰りに,わしの家で二人に会うて帰るんじゃ。
      それで,これなら良し,とわしが見極めをつけたら,三人してこの長屋で暮らしたらええ。
      それまで,辛抱して,がんばらなあかんで。

ガコ坊 : それから,また三月ほど,しっかり仕事しては,帰りに 「大賀」 の棟梁の離れで,短い時間ですけど,親子三人が過ごすという日が続いたんですな。
      で,その三月目に,棟梁のお許しが出て,晴れて親子三人,長屋で暮らすようになったんで。
      ヨシ公とおまりさんの仲も,昔みたいになるし,子どもをはさんで,そりゃ,人も羨むような親子でしたわ。

ゴロ爺 : ほう,いろいろあったんやなあ。ええ話やないかいな。

ガコ坊 : へぇ,それで終わったら,よろしいんでっけどな。

ゴロ爺 : まだ,続きがあるんかいな。

ガコ坊 : そうでんねん。
      そりゃ,仲のええ親子でしてなあ,朝は,前にもまして,うるさいくらいに時間をかけよる。
      井戸端をば,親子三人,手ぇつないで・・・ええ? もう,そんな話は,よろしい,てか・・・オモロイでっせ・・・天下の大道で,おまえの妙な声は聞きたあない・・・
      しゃあないなあ。ほたら,ここは,割愛して・・・
      まあ,そうして,半年ほど経った,そうちょうど,二月 (ふたつき) ほど前でしたかいなあ。
      おまりさんに会いに,一人の男が来たんです。あとから聞いた話でんねんけど,その男ちゅうのは,実は,おまりさんの実の弟ですねんな。

ゴロ爺 : おまりさんって,早うに親と死に別れて,天涯孤独やと言うてなかったかえ。

ガコ坊 : へえ,みんなそう思うてたんですが,事情があって,おまりさんも相模屋さんも,そのことを隠してはったんです。

ゴロ爺 : そりゃ,なんでや。隠し事は,災いの元じゃで。

ガコ坊 : この弟,人ひとり,半死半生のメに合わして,牢獄につながれてたんですなあ。
      いや,根は悪い人間やないんです。姉思いの優しい弟ですねん。
      けど,話を聞くと,しゃあないといえばしゃあないが,ちょっと,やりすぎた。
      7,8年前のことらしいんですけど,おまりさんとその弟,相模屋さんでいっしょに働いてたんです。
      ふたりとも働き者で,おまけに,姉思い,弟思い。弟の方は,ちょっと,ここ (顔) もええんで,おなごはんのお客にも人気があったといいます。
      おまりさんも,なかなかの別嬪さんですから,男がほっときませんわ。
      そんなおまりさんに岡惚れした男の一人が,やたら付きまとうようになったんですなあ。
      毎日,陰気な顔で店の前をうろうろする,おまりさんが買い物に出かけると,あとをつける。
      それだけやなしに,手紙を投げ込んだり,しまいには,なんや知らんけど,おまりさんの部屋に,いつの間にやら,見たことのない箱が置いてある。
      中を開けてみると,身につけるような飾りやらが入ってる。てな具合だったそうな。
      あんまり気味が悪いんで,お店の方でも,警察に相談したりもしましたんですけど,実害がないし,証拠がないちゅうので,なにもしてくれまへん。
      そこで,腹を立てたんが,弟でしてん。
      一回,エライ目に合わしたる,というんで,姉が買い物に行くのを,そうっと後をつけていたんですな。
      そしたら,件の男が,そうっと姉のあとをつけてるに気づきましたんや。
      ちょうど,人通りの少のうなったお寺の門前のあたりで,その男が,いきなり,おまりさんの前に立ちはだかると,
      わしの女になれ,ちゅうて,おまりさんの腕をつかんだ。
      おまりさんが,嫌がって,もがくのを,男は組み伏せにかかる。
      それを見た弟は,駆け出して行って,男を突き飛ばす。
      やっと男の下から這い出したおまりさん,あとも見ずに逃げてしまう。
      残った弟,男の上に馬乗りになって,殴り続けたんですな。
      ちょうど,お寺の小僧が,一部始終を門の中から見てて,警察に連絡するやら,寺男を呼んでくる。
      組み合ってる,二人をようやくに引き離した時には,男の方は血まみれになってたそうな。
      知らせを聞いて駆けつけたお巡りさんに,弟は,捕まえられるわ,男は救急車で運ばれるわ・・・そりゃ大騒ぎになったそうです。

ゴロ爺 : そりゃ,えらいこっちゃな。それで,どうしたんや。

ガコ坊 : へえ,男の方は,一命を取りとめましたが,頭を相当打ってたらしくて,それが元で,半身不随の大怪我。
      弟の方は,おまりさんの証言や,お寺の小僧の証言もあったものの,やっぱり,やり過ぎやということで,懲役になったんですなあ。

ゴロ爺 : 過ぎたるは及ばざるが如し,というヤツやなあ。

ガコ坊 : まあ,そんな弟なもんで,相模屋さんもおまりさんも,ヨシ公には,言い出されへんかったんです。
      その弟が,模範囚やったということもあってか,刑期を半分つとめたところで仮釈放になったんです。
      それで,姉を訪ねてきた。
      姉と弟,手に手を取って,涙の再会・・・という,ちょうどそこへ,ヨシ公が帰ってきたんですわ。
      おまえは誰や,さては,おまえが間男か・・・と,また,一騒動ですわ。
      おまりさんは,懸命に事情を説明しましたけど,ヨシ公のヤツ,逆上してしもうて聞く耳を持ちません。
      弟の方は,ここで暴れて,また人を怪我させたりしたら,どうなるやわからん,ということもあって,殴られても蹴られても,忍の一字。
      相模屋さんに人を走らせるわ,大賀の棟梁も呼びにやらせるわ,もう長屋中,大騒ぎになりましたんでっせ。

ゴロ爺 : ほんで,どないしたんや。

ガコ坊 : 駆けつけた大賀の棟梁と大賀の若いもんが二人を分けまして,棟梁と相模屋さんが,こんこんと言い聞かせたんですわ。
      まあ,それで,なんとか,ヨシ公も落ち着いたんですが,ワシに嘘をついていた・・・という気持ちが残ったんですなあ。
      それからというもの,なんやら,ヨシ公親子の間が,しっくりいかんようになってしもうた。

ゴロ爺 : なるほどなあ。一度,隙間ができると,なかなか埋まらんもんやさかいにな。

ガコ坊 : そうでんねん。あれは,ちょうど一ト月ほど前でしたかなあ。
      ヨシ公のヤツ,また,大酒飲むようになりました。なんや,暗い顔になってしもうて。
      おまけに,おまりさん,ここのところの寒さで,カゼをひいて,こじらせてましたなあ。

ゴロ爺 : それやのに,なんで,天王寺さんに,この子がおったんや。

ガコ坊 : きっとまた,ヨシ公のヤツ,酒飲んで,おまりさんになんか言うたんちゃいますやろか。
      と,長屋に着きました。
      ヨシ公の家は,そこ・・・なんか,また騒いでますな。
      おい,どうしたんや。

長屋の住人 : ガコ坊やないか。どこへ行っててん。えらいこっちゃがな。

ガコ坊 : どうしたんや。

長屋の住人 : おまりさん,ヨシ公に言われて,三太を連れて,買い物に出たんやが,三太とはぐれてしもうたんや。
      それで,探し回った挙句に,いったん戻ってきたんやが,それを聞いたヨシ公のヤツ,また暴れてな。
      おまけに,おまりさん,倒れてしもうて・・・今,医者を呼んで診てもろうたら,過労の上に,身体が衰弱してる,今夜が峠じゃろう,て・・・

ガコ坊 : なんやて・・・三太なら,見つけて連れ来たで。
      おや,これは,大賀の棟梁に,相模屋の旦那さん・・・
      ヨシ公,おのれは,何さらしてんじゃ。
      三太はこの通り,無事や。
      なんで,病気のおまりさんに買い物なんぞに行かせたんや。
      お前,まだ,前のこと,根に持ってんのか。

ヨシ公 : そうやないが・・・

棟 梁 : そうやないやと! 
      お前,おまりさんが,このまま,逝ってしもうたら,お前が殺したも同然やぞ!

そこへ,おまりさんの弟も飛び込んで来ます。

 弟  : 姉貴!
      義兄さん,姉貴は,大丈夫でっか?

ヨシ公 : すまない・・・わしが悪かったんや。
      こんなことになったんは,みんなわしのせいや・・・

と,言うなり,ヨシ公のヤツ,そばに置いてあった道具箱から,ノミを取り出すと,それを逆手に持ち,己の喉元に突き立てようとする。
それを見た大賀の棟梁,そのヨシ公の手をグイと掴むと,捻るようにしてノミを奪い取る。

棟 梁 : アホたれ!
      何をさらすんじゃ! 短気なこと,するのにも程があるわ。
      お前の言う通り,なんもかも,おのれがアホなせいじゃ!
      せやけどな,おのれが死んでどうするんじゃ。
      今夜が峠やいう,おまりさんが生きてんねんやったら,おんどれが死のうとどうしようが,勝手やから,止めはせん。
      もしもやで,おまりさんが死んだら,どうするねん。残った三太の面倒を誰がみるんや。
      ましてや,これまで,なにがあってもお前のこと,愚痴ひとつ言わへんかったおまりさんの看病を,なんでしてやらんのや。
      おのれが今することは,短気,起こして詫びて死ぬことやあらへんがな。
      おまりさんを生かすのも,三太を育てるのも,おのれが今せんかったら,誰がするんじゃ!

ヨシ公 : すんまへん。みなさん,すんまへん。私の料簡が間違おうてました。

棟 梁 : ほたら,なんで,死ぬなんて思うたんや。

ヨシ公 : へえ,冬至だけに,気(日)が短こうなってました。


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