「お月見」 特別企画

*


ガコ坊 : おやっさん,いてますか。

ゴロ爺 : なんや,また。腹でも下したんかえ。

ガコ坊 : ちゃいます。ちょっと,お尋ねしたいことがございまして。

ゴロ爺 : えらいまた,今日は,ていねいやな。熱でもあるのと違うか?     ま,ええわ,それで,訊きたいことて,なんやねん。

ガコ坊 : 「なぞかけ」ちゅうもん,ご存知ですか?

ゴロ爺 : ほう,また,面白いことを言いなさるな。知らんわけやないが,その「なぞかけ」がどないしたんや。

ガコ坊 : それでんがな,よう聞いとくなはった。(泣)

ゴロ爺 : 泣かんでもええがな。ま,この手拭いで,涙を拭きなされ。

ガコ坊 : おおきに。(フーン!)

ゴロ爺 : こりゃ,鼻水まで拭くヤツがあるかいな。しゃあないな,その手拭い,おまはんにあげるわ。

ガコ坊 : そりゃまた,おおきに。ちょうど手拭いを切らしてたとこです。

ゴロ爺 : それより,話を聞かせてもらおうかな。

ガコ坊 : それそれ,それでんがな。(急に芝居がかって)ま,ひとつ,お聞き下されませぇ。

 昼前に,急に河内屋さんの乳母のおさきさんが来はったんです。 なんでも,大旦那さんが,ちょっと来てくれ,ということで。そこで,行ってみましたら,河内屋の大旦那はんが,

河内屋 : よう来てくれたなあ,すまんが,上州屋さんまで,この手紙を届けてくれませんかな。
     うちの若いもんに頼もうと思うたんやが,今日,明日とな,休みにしたんじゃ。
     それで,みな,里へ返しててな,番頭の助平と丁稚が二人しか残っとらんのじゃ。
     その番頭と丁稚も用足しに出していて,夕方まで帰って来ん。
     そこで,この手紙をな,夕方までに,上州屋さんに届けてもらいたいのじゃ。
     礼ははずむさかいな。頼まれてくれんか?
     いやなに,商いの手紙やない。そんな大事な手紙なら,番頭が帰って来てからでも持たせるんじゃが,
     実はな,今晩,お月見やろ。お月さんでも眺めながら,上州屋さんと『句会』でも開きましょうか,と約束しておったんじゃ。
     ちょっと,わしの都合が・・・はっきり言うとな,腹をこわしたもんで,出かけれられん。その断りの手紙なんじゃ。
     一応表向きは『句会』ということにしてるが,ホンマは,芸者を呼んで,「なぞかけ」とか,しょうもないことして遊んで飲む会なんじゃ。
     店ではな,息子や番頭の手前,カタブツで通してますが,上州屋さんとの,遊びの会が,毎月楽しみでなあ。
     まあ,年寄りの隠れ遊びというヤツやな。
     しかし,こう腹具合が悪いとな,ちょっと無理なんじゃ。
     おっと,今の話は,ナイショだえ。

ガコ坊 : そんな話なんで,わかりました,ひとっ走り,行て参じます。
     「これお駄賃じゃ」,という旦那さんの言葉に,とりあえず行てきま。戻ってきた時に頂戴します・・・と手紙を持って走っていったんです。

ゴロ爺 : ほう,河内屋に上州屋といえば,この界隈でも大店やないか。そんなとこと,おまはん,付き合いがあるんか。

ガコ坊 : 河内屋さんは,うちの長屋の大家でんがな。
     そんなことは,どうでもええんです。上州屋さんへ行きますと,番頭さんがおったんで,手紙を渡しますと,ちょっとそこで待っとき。
     ひょっとしたら,返事があるやもしれん,お茶でも飲んで待ってなはれ,と。
     ほんならでっせ,よう考えたら,河内屋さんでは,旦那さんの部屋の縁側まで行ったけど,お茶も出えへんかった。
     それが,上州屋さん,店の奥から綺麗な女中さんが出てきて,よう冷えた麦茶と葛饅頭を出してくれはったんでっせ。
     その饅頭の美味いこと,美味いこと。

ゴロ爺 : そんな話は,どうでもよろしい,先を話しなはれ。

ガコ坊 : あんまり葛饅頭が美味いんで,2つ出してもろたんですけど,一個,嫁はんに持って帰ったろ,と思うたんですが,ついつい,2つとも食べてもた。

ゴロ爺 : まだ言うてなさる。えらい話が長いがな。「なぞかけ」 は,どこへ行ったんじゃ。

ガコ坊 : それそれ,それを話してましたんやな。つい忘れるところでした。
     ほどなく,番頭さんが手紙を持って出てきました。
      「これが返事じゃ,河内屋さんには,お大事に,とうちの旦那が言っていたと伝えてくださいな」
     へい,わかりました・・・と河内屋さんへ走り戻って,旦那さんの部屋の方へ,庭を回ろうとしたら,番頭の助平が帰っておったんです。
     前々から,この番頭,虫が好かんのです,わて。なにやら,言いよるやろな,と思うてたら,案の定・・・

番頭・助平 : こら,ガコ! 勝手にどこへ行くんじゃ!

ガコ坊 : 旦那さんのお使いで上州屋さんへ行って,お返事もらって来たんで,旦那さんにお渡ししようと・・・

番頭・助平 : それなら,その手紙を貸しなさい,わしが取り次ぐがな。おまはんは,その辺の隅で待ってなはれ

と,手紙をひったくるように持って行くと,しばらくして,戻ってきて,

番頭・助平 : うちの大旦那さん,今日は体調がすぐれんのじゃ。今も,眠ってはったさかい,あとで,わしから話しとく。
        さあ,用が済んださかい,早よ帰りなされ。

ガコ坊 : ちょっと,待ってぇな。旦那はんは,お駄賃を・・・

番頭・助平 : そんな話は,わしは知らん,とっとと去(い)に。

ガコ坊 : そんな,無体な。旦那さんから,直接,今日の上州屋さんとの 「句会」,ホンマは,「なぞかけ」 やらなんやらして遊ぶ会らしいでっけど。
      行かれへんから手紙を届けてくれと頼まれたんです。
      それも,お駄賃を下さるというのを,戻ってからいただきますと,この暑い中,走って行って来たんでっせ。
      いえ,なにも,お駄賃が欲しいというわけやおまへんけど,せめて,「おおきに」 と礼の言葉のひとつで,お茶と饅頭でも出してもろうたら・・・

番頭・助平 : アホぬかせ。うちのカタブツの大旦那が,上州屋さんと 「なぞかけ」 して遊ぶやて? そんなアホな話があるかい! 
         だいたい,お前なんぞ,「あんかけ」 と 「なぞかけ」 の違いもわからんくせに,しょうもないこと言うてたら,煮え湯,浴びせますぞ。
        とっとと去になはれ!」

ガコ坊 : と,こんな荒っぽいこと,言いますねん。あの番頭。あんまり,腹が立つんで,「あんかけ」 と 「なぞかけ」 くらい,どっちも食べたことあるわい! 
    と捨てゼリフ残して来ましたんや。ほな,助平番頭,大笑いしとりました。
    で,「なぞかけ」 て,なんです?

ゴロ爺 : その番頭も番頭じゃが,お前も,あいかわらずやのう。河内屋さんのことじゃ,そのうち,大旦那からまた,なにか言うてくるやろ。
     しかし,わからんもんやな。カタブツで評判の河内屋さんやが,ホンマはそういうお人やったんやな。
     そういや,この前,道頓堀でお会いしたが,「これから芝居見物で」 などと言うてたが,ありゃ寄席へ行きなさる途中やったんかいな。

ガコ坊 : そんなことは,よろしいから,「なぞかけ」 を・・・

ゴロ爺 : そやな,教えたろか。今度,河内屋さんへ行ったら,番頭の前で,「なぞかけ」でもやったりなはれ。(笑)
     「なぞかけ」 と言うたらな,そやな,「何々とかけて,何々ととく,その心は,何々」 というようにな,かけてとく,言葉遊びやな。

ガコ坊 : 何です? 何々,何々なんて言うて,そんなんが,面白いんですか? 

ゴロ爺 : そうやな,おまはんなら,その程度やな。これは,わしが悪かった。
     ある言葉にな,かけて,解けな,あかんのや。

ガコ坊 : かけてとける・・・ナメクジに塩,雪に小便,氷に湯。

ゴロ爺 : そんなんと違うがな。

ガコ坊 : せやけど,みんな,かけたら溶ける。

ゴロ爺 : 悪かった,おまはんには,例を出さなあかんかった。
    こういうのがあるな。
    「いろは」の「い」の字とかけて,「船頭さんの手」 と解く。そのこころがわかるか?

ガコ坊 : なんでんねん,それ。

ゴロ爺 : どちらも 「ろ」 の上にある。

ガコ坊 : はあ。

ゴロ爺 : 頼んない返事やな。わからんか? 船頭さんの手は,「櫓」 の上にあるやろ。その 「櫓」 と 「いろは」 の「ろ」 をかけてあるんや。

ガコ坊 : はあ。

ゴロ爺 : まだ,わからんか。「いろは」 の 「い」 の字は,「ろ」 の上にあるやろ。

ガコ坊 : ワカランでもない・・・けど,横書きやと上やのうて左になりますが・・・

ゴロ爺 : 縦書きや!
    もひとつ,教えたろか。
    「いろは」 の 「ろ」 の字とかけて・・・

ガコ坊 : わかりました,こうでっしゃろ,「小腸・大腸」 ととく。

ゴロ爺 : ほう,それで,こころは?

ガコ坊 : 「胃」 の下にある。

ゴロ爺 : ま,そんなもんやな。しかしな,もっときれいに,こういかな。
    「いろは」 の 「ろ」 の字とかけて,「野辺の朝露」 と解く。

ガコ坊 : そのこころは?

ゴロ爺 : 「葉」 の上にある・・・とな。

ガコ坊 : きれいでんなあ。
    せやけど,おやっさんのは,どっかに出典がありまんな?

ゴロ爺 : お前に言われたないけど,こういうのは,全部,「落語」 にあるな。「落語」 も勉強になるでぇ。

ガコ坊 : わてのは,オリジナル・・・

ゴロ爺 : そう言うのやったら,なんぞ考えてみなはれ。

ガコ坊 : ドレミファの 「シ」 とかけて,「お月さん」 ととく。そのこころは・・・

ゴロ爺 : そのこころは,「ソラ」 の上,言うのやろ。そんなん見え透いてるがナ。
     ほんま,アホやなあ。そんなんやったら,さっきの 「小腸・大腸」 の方が,まだ,ましやないかいな。

ガコ坊 : そんなに言うんやたっら,おやっさん,つくってみなはれや。

ゴロ爺 : そうやな。お月さんと言うたな・・・ほんに,今日は,十五夜じゃ。
     そしたら,こんなのは,どうじゃ。「名月」 とかけて・・・

ガコ坊 : 「名月」 とかけて・・・・あっ! おやっさん,こらあきまへんで。

ゴロ爺 : なんでや。

ガコ坊 : 「名月」 がかけてしもうたら,十五夜の満月になりまへん。


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