「お盆」 特別企画

*


  ガコ坊 : おやっさん,いてますか?

  ゴロ爺 : なんや,今時分・・・それも青い顔して・・・

  ガコ坊 : やっぱり,ナニです,今晩,泊めてくれますか?

  ゴロ爺 : そりゃまた,どうしたんや。なんや,ようわからんが,家に帰れん,ワケでもあるんか?

  ガコ坊 : ちゃいますねん。今日ね,隣町のオジキの家に行ったんですわ。
      こんな遅うなる思わなかったんですけど,ま,帰りますわ・・・と,立ったら,オジキが,こんな妙な話をするんですわ。

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    オジキ : ガコや,ここからおまえの家までの間に,川があったな。

    ガコ坊 : ヘイ,おます。柳の並木の土手の道を通ります。夏なんか,涼しいです。

    オジキ : 今から帰ったら,その川のあたりで暗くなるなあ。おまけに,こんなシトシト雨や。
       できたら,あの川の土手の道を通らん方がいいんやが・・・通らんと,帰られん・・・なぁ・・・

    ガコ坊 : なんや,いやなものの言い方ですな。

    オジキ : おまえ,さては,知らんのやな。

    ガコ坊 : なんの話ですねん。

    オジキ : それやったら,教えたろか・・・よう,聞けよ。

       あれは,3年前のことじゃ。おまえの家からやと,川向こうになるな。荒れ寺があったのを知ってるか?
       その寺に,若い坊さんが来たんじゃ。そりゃ,なかなかのいい男なんやが,昔のことは喋れへん。
       前の住職が亡くなってからというもの,坊さんがおらんかったもんで,檀家の者が集まって,
       若いけど,よかったらこのお寺で・・・と話はついた。
       知ってるか? 檀家の総代ちゅうのが,寺の近所の肉屋の「河内屋」さんや。
       新しい坊さんの食事の世話なんかを,婆やにやらせていたんやが,
       ある日,その婆やの娘に子どもが生まれるとかで,在所に戻ったんやな。
       そのかわりに,やめとけ,あかん,許さん,と河内屋の旦那が言うのを振り切って,一人娘のお糸さんが,
       「今日一日だけですさかい」,
       と,坊さんの食事やらの世話をするのに,お寺へ出かけたんや。
       噂で,ええ男やいうのを聞いてたせいもあるやろが・・・
       昼飯,夕飯の支度をしただけじゃが,案の定,それで,きっちり,一目惚れじゃ。
       いくら好いたというても,老舗の一人娘じゃ,大ぴらには,会いには行かれへんがな。
       いじらしいもんで,一目でもいいから,その若い坊さんを見たいからと,
       習い事の帰りやとか,何かにつけては遠回りして,お寺の門の前を通っては,
       あの坊さんは見えんかいな,と,中を伺っていたんじゃなあ。
       坊さんの方も,まんざらではなかったんか,たまには,お糸さんが通る頃になると,
       境内の掃除をしたり,外に出るようになったな。
       もちろん,お糸さんには,お付の者がおるさかい,お互いに声をかけるわけにもいかん。
       そっと,目と目であいさつするくらいのもんじゃ。
       それでもな,目が合うと,お糸さんの顔が ぱっ と赤らんでしまい,
       袂で顔を隠すようにしていたそうじゃ。

       そんなある日のこと,前の晩に,嵐があった・・・
       ガコや,おまえも覚えてるやろ。2年前の台風や。
       元からの荒れ寺,雨漏りはするわ,障子は飛ぶわ,それでも若い坊さん,偉いな。
       夜通し,ご本尊さんをお守りしたんや。
       ところが,一晩中,雨風に打たれたのが元で,高熱を出して病気になってしもうた。
       それを耳にした,娘さん,いても立ってもおられずに,店にある一番高い肉を包んで,
       そっとお寺へ忍んでいったんじゃ。
       そうして,これで,元気になってください,と中味を見せて,料理に取り掛かろうとしたら,
       その若い坊さんが,

         「自分は,これでも出家の身,死んでも生臭い畜生の肉は戴けません」

       と言うなり,その肉の包みを,足蹴にしたんじゃ。
       それを見たお糸さん,あまりのことに,驚き,怒り,

         「あんまりじゃ,あんまりじゃ。お坊さまがお弱りだから,元気になっていただこうと,お持ちしたもの。
          それも,たとえ畜生とはいえ,我が家を支える大切なお肉。
          両親が,その畜生のお肉を売って,私を手塩にかけて育ててくれました。
          そんな大切なものを,手で払うならまだしも,こともあろうに,足蹴にされようとは・・・
          私,あなた様を,末代までも,お恨み申します・・・」

       というなり,肉の包みを抱えると,一目散に走り出て,そのまま,川に飛び込んだ。
       折から,川の水かさは増えてるわ,流れは速いわ・・・
       それっきりじゃ。とうとう,見つからなんだ。

       数日たって,ほれ,おまえとこの土手の柳の下に,お糸さんらしい幽霊が出ると噂になった。
       こう,恨めしそうに,お寺の方を眺めてな・・・
       生前はきれいに結ってあった長い髪もほどけてしまい,顔の前に垂れかかり,その毛先から,
       泥まじりの水が,ポタッ,ポタッ・・・とな。
       そうして,低い細い震える声で・・・

         「いとおしいと思えばこその心根を,足蹴にされたこの恨み・・・いかにはらさでおかりょうか・・・・」

       その声を聞いたんが,たまたま通りかかった相撲取り。大坂で,関脇まで上がった男じゃ。
       その男が,部屋に帰るなり,震いついて,三日三晩,
       うわ言をいいながら,狂い死にのようにして,死んでしまう,なんてこともあったんじゃ。
       そんなことが,何日か続いたら,坊さんの耳にも届いたんやな。
       若い坊さん,私の至らぬせい,と,お糸さんに成仏してもらおうと,その土手の柳の下で,ありがたいお経を唱えていたんじゃ・・・・
       いたんじゃが・・・
       お糸さんが川に飛び込んだ,ちょうどその刻限に,そばにおった者には,何もなかったんやが,
       その坊さん,グワァッと叫んだかと思うと,クルクル回り始め,苦しそうな声で,
      「お糸!」 と叫んだかと思うと,まるで何者かに引きずり込まれるように,川の中へ,ドボーンと落ちてしもうた。
       あわてて檀家の若いもんが,飛び込んで引き上げたんじゃが,もう遅かった・・・・
       なに,その日には,川の水は引いて,腰までもなかったんじゃぞ。
       その坊さんの死に顔たるや,なんとも無残なもんやったそうな。

    ガコ坊 : ちょっと,待ってぇな。そんな怖い話,近所のことやのに,初めて聞くで。

    オジキ : そりゃそうや,寺の檀家総代で,自分の娘がからんでる話や・・・・河内屋はんが,噂をもみ消してるんや。

    ガコ坊 : 怖いなあ・・・せやけど,その坊さんが死んださかい,もうお糸さんの幽霊は,出んようになったんやろ。

    オジキ : なに聞いてんねん。坊さんの恨みは晴らしたけど,お糸さんの遺体は,見つかってないんやで。
        今でも,時々出るという噂や。まだ,浮かばれへんねんなあ。
        それもな,雨のシトシト降る,そうちょうど今日みたいな日の,薄暗くなった,あの時間・・・
        今から,おまえ,帰ったら,ちょうどその時間に・・・
        ま,ええわ,早よ帰り。

    ガコ坊 : そんなこと言われたら,帰られへんがな・・・オジキ,泊めてえや。

    オジキ : 泊めてやりたいけどな,今晩は,あかん。大事な客がもうすぐ来るさかい。
        さあ,そんなこと言うてんと,早よ帰り。ひょっとしたら,暗なる前に家に着くかもしれん。

    ガコ坊 : いややなあ・・・ほな,帰りますわ。

    オジキ : くれぐれも,気ぃつけや・・・というてもな,若いおなごはんの恨みは,怖いからなあ。

    ガコ坊 : さいなら・・・

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  ガコ坊 : そんなわけですねん。泊めて。

  ゴロ爺 : 早よ,帰り。もう今夜は,大丈夫や。

  ガコ坊 : そんなこと言わんと・・・

  ゴロ爺 : 大丈夫やて。昔から言うやないか。坊主 肉蹴りゃ 今朝まで とな。


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